【Tokyo Pops編】

8 janvier 2018

Acteurs fardés aux Champs-Elysées

著者が、フランスに戻り、東洋言語学校(INALCO)で勉強しながら、日本語を活かせるアルバイトについた時のエピソードです。なんとそれはシャンゼリゼ劇場で上演予定の歌舞伎一座の助手でした。そのときに出会った演者、澤村田之助は、「女方」の歩き方の研究で、彼女の腰振りリズムにインスピレーションを受けたようです。

 

 

 

<原文>Acteurs fardés aux Champs-Elysées

 

Après avoir assisté aux spectacles de kabuki (ce mot peut être décomposé en trois kanji, ka « le chant », bu « la danse » et ki « l'art dramatique »), j'ai pu constater à quel point les danseurs-chanteurs-acteurs japonais1 répondent à l'irrésistible attraction du sol, à la différence des danseurs de ballet classique2 qui cherchent à atteindre une suprême légèreté, volant presque, défiant l'attraction terrestre.

 

Les danseurs pourraient être comparés aux fontaines. Celles du Japon sont construites de telle façon qu'elles laissent l'eau s'écouler vers le sol. A l'inverse, aussi légers et gracieux que les jets des fontaines de Versailles, les danseurs classiques, s'élancent vers le ciel.

 

Compte tenu de ces différences de conception artistique, j'étais plutôt étonnée d'avoir retenu l'attention de Tannosuke, lui qui, depuis l'âge de cinq ans suit une voie tracée par ses maîtres de théâtre3 et ses aïeux, faisant perdurer la tradition.

*

L'origine de son art4 est racontée dans un mythe, celui d'Amaterasu, la déesse du soleil.  Un jour qu'elle avait été contrariée par son frère, elle alla se réfugier dans une grotte plongeant ainsi la terre dans l'obscurité5 la plus complète. Ama-no-uzume, la déesse de la joie et de la danse trouva un stratagème pour l'en faire sortir et redéployer ses rayons sur la Terre. Devant l'entrée de la grotte, elle se lança dans une danse si endiablée qu'au spectacle de sa robe tourbillonnante, les dieux et les déesses présents laissèrent6 éclater leur rires et leurs cris de joie.  En entendant cette liesse, la déesse du Soleil ne put réprimer sa curiosité et sortit de sa cachette pour participer, elle aussi, à la fête.

*

Aussi curieux qu'Amaterasu dans sa grotte, Tannosuke avait ouvert de grands yeux à la sortie du théâtre pour observer la technique insolite de ce roulement fessier – qui me propulsait efficacement vers le dernier bus que je n'avais aucune envie de manquer.

 

 

<試訳>シャンゼリゼ通りの厚化粧の役者(または歌舞伎役者)

 

歌舞伎の文字「歌」はうた、「舞」は踊り、「伎」は演技の3つの漢字に分解される。歌舞伎の興行を見た後、日本人の舞踊家や歌手や役者1が地面の抵抗できない引力にどれぐらい反応するのか認めることができた。このことは、地球の引力にほとんど逆らうかのように飛び、究極の軽さを得ようと努めているクラシックバレエのダンサー2とは違っている。

 

舞踊家は泉に例えることができるかもしれない。日本の泉は水が地面の方へと流されるままであるように作られている。反対に、ヴェルサイユ宮殿の泉の噴水と同じく軽やかで優雅にクラシックバレエのダンサーは空中へ飛び出る。

 

芸術的な概念のこの相違を考えてみると、田之助が私に注目したことにむしろ驚いたくらいである。彼は5歳から伝統を検証させてきた歌舞伎界の名優たちや彼の先代3たちによって定められた道に従っている。

 

田之助の芸事の根源4は、神話の中で語られている太陽の女神である天照大神の神話である。弟(素戔嗚尊)の反抗にあったある日のこと、女神は窟屋に籠り、地上は漆黒の闇に覆われていた5。歓喜と舞踊の女神の天鈿女命は、天照大神を窟屋から外に出させ、地上に再び光明をとりもどすための計略を見つけた。窟屋の入り口の前で天鈿女命は踊り始めた。あまりにも激しい踊りだったので衣装が目まぐるしく回るありさまとなってしまって、見物していた神々の笑い声と喜びの声がどっと沸き起こった6。この浮かれ騒ぎが聞こえた太陽の女神は好奇心を抑えきれずに隠れていた場所から抜け出て、この祭りに、同じように参列したのだった。

 

窟屋の中の天照大神と同じく好奇心の強い田之助は、劇場の出口で、わたしの臀部の回転のおかしなテクニックを観察するために大きく目を見開いていたのだ。この技術が乗り損ねたくない最終バスの方向へと効果的にわたしを前へ押し出してくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集長

部員B

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部員D

部員B

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部員A

部員C

部員A

部員C

部員E

部員B

部員D

前回の北海道がテーマ(次回掲載予定分)のテキストに関して、ネットで参加しているEさんから、「Une autre découverte ...fut の箇所はここだけ急に直説法単純過去が使われているのはなぜなんでしょう。著者の気分の問題なのでしょうか」という質問というか疑問が寄せられました。どう考えますか?

時制とか冠詞は日本語に対応するものがないので、いくら文法の説明を聞いても、とことん理解できないように思います。それがフランス語学習の尽きない悩みのようなものでしょうか。

娘がフランスの学校に行っているとき、歴史の教科書は全て単純過去で書かれていたような記憶があったのですが、勘違いでした。読み直してみたら、歴史の教科書も昔話も単純過去ばかりではなく、色々な時制が使われています。

「フランス文法辞典」白水社、朝倉季雄著には「現在とは交渉のない完全に過ぎ去った過去における瞬間的行為」とされていますけれど、すべての疑問が腑に落ちる理解までは行きません。ラルースのGrammaire du français contemporainで単純過去が半過去や複合過去との関係でどう言う意味を持つか、と言う説明があるのですが、その中には「あくまでも記述される表現であり、完了した過去の出来事として位置づけられる、そして半過去と複合過去との関係では、瞬間的な意味を持つ」とか「単純過去は半過去に先行して、まずそれが本質的な事実を告げて、その後に半過去でコメントや結果が続く」といった説明がされています。これだけでは何のこっちゃという感じですが。

 

フランス語を母国語にしている人に聞いても明確な答えは得られないのではないでしょうか。私たちだって日本語の文法を考えながら話したり、書いたりしているわけではありませんものね。

 

日仏バイリンガルの娘に聞いてみたのですが、なかなか相手にしてくれなくて(笑)。ねばって聞いてみたところ、文章の流れで単純過去を使うことはある、フランス語を読む時、時制は余り考えたことはない、と言われました

 

「考えるな、感じろ」ということですかね。

テキストに出てくる動詞を抜き出して時制を見てみるとpeut (現在)、ai pu (複合過去)、répondent (現在)、cherchent (現在)、pourraient (条件法現在)、sont (現在)、laissent (現在)、s'élancent (現在)、étais (半過去)、suit (現在)、est (現在)、avait été (大過去)、alla (単純過去)、trouva (単純過去)、se lança (単純過去)、laissèrent (単純過去)、put (単純過去)、sortit (単純過去)、avait ouvert (大過去)、propulsait (半過去)、avais (半過去)とあります。 どう使い分けるか見ていかないと。

 

こうなるとニュアンスの世界ですね。

もうひとつ冠詞も判断が難しいです。テキストの冒頭部の

1 les danseurs-chanteurs-acteurs japonais は定冠詞、その後の

2 des danseurs de ballet classique は不定冠詞です。使い分けもさることながら、どう翻訳に生かすかは難しいです。

あ、それはde+lesではないですか?à la différence deの後に続いているのでles danseurs-chanteurs

-acteurs japonais とles danseurs de ballet classique の違いはということだと思います。

 

 

時制と冠詞以外で解釈上のご意見はありませんか?

danseurs-chanteurs-acteurは直前に歌舞伎の文字の説明をしているので、歌舞伎役者のことだと思います。

 

それはそうですけど、これを歌舞伎役者と訳すと歌手でもあり踊り手でもあり俳優でもあるという意味の原文から離れてしまいませんか?それに歌舞伎という言葉が何回も出てくるのが鬱陶しいような。

3. ses maîtres de théâtre ここのmaîtresは「師匠」の意味ではないかと思います。名優であっても田之助さんに教えているのでなければ関係ないと言えますから。

 

4. l'origine de son art は後の文章から考えて、sonは歌舞伎のことだと思います。

原文を忠実に解釈するとそうなると思いますが、天鈿女命が天岩戸の前で踊ったのが全ての芸能の起源と言われている一方、歌舞伎の起源は安土桃山時代の出雲の阿国が創始したかぶき踊りと言われています。

ではson artはどう訳す?

 

様々な芸能があるなかで、田之助さんが携わる歌舞伎という芸能の分野?

 

そんな長い説明できないよ。

 

歌舞伎の起源についてもそうなのですが、日本に関する記述の翻訳において、著者の間違いあるいは勘違いであると気づいたとき、どうすべきなのでしょう?そのまま訳すのが正しい翻訳姿勢なのか、正しい記述に直して訳すべきなのか、あるいは訳者注をつけるのが正しい態度なのでしょうか?

5. plongeant ainsi la terre dans l'obscurité~の部分ですが、ainsiで結果を導いていると思うので、「女神が窟屋に籠ってしまった」ことと「地上は闇に覆われていた」ことの流れというか因果関係を日本語でももう少し明確にした方がよいかと思います。

6. テキストの中で、泉の水と天岩戸の2か所で動詞laisserが使われています。辞書的には「のままにさせる」という意味であることは分かりますが、どうもしっくりする日本語が見つけられなくて、訳しにくいです。

 

後者では神々は笑ったというより、笑い声が出るのを止められなかった、という感じですかね。

 

「神々は堪え切れずに大笑いし、歓声を上げた」としては?

 

部員A

編集長

部員B

部員A

部員A

編集長

部員B

部員D

部員B

部員D

部員A

部員C

問答スタート!!

などなど、、、問答を経て。

↓↓↓

<部員による検討結果>

シャンゼリゼの歌舞伎役者

カブキという言葉は歌と踊りと演技を表す3つの漢字に分解される。歌舞伎の興行を見て、私は日本の舞踊家兼歌手兼役者が地面からの抗いがたい力に応えているのが良く分った。これは、地球の引力に逆らうかのように跳び、究極の軽さを求めているクラシックバレエのダンサーとの明らかな違いだ。

 

舞踊家は泉に例えることができるかもしれない。日本の泉は水が地面へと流れるままになるように作られている。これとは逆に、クラシックバレエのダンサーはヴェルサイユ宮殿の噴水のように、軽やかかつ優雅に空中へ舞い上がる。

 

このような芸術性への見解の相違を考えてみると、伝統を継承する歌舞伎界の師匠や先代によって定められた道に5歳から従ってきた田之助が私に注目したことがむしろ驚きだ。

田之助が演じる芸能の根源は、神話の中で語られる太陽の女神である天照大神のエピソードである。弟(素戔嗚尊)の不行跡があったある日、女神は窟屋に籠ってしまい、かくして地上は漆黒の闇に覆われることとなった。歓喜と舞踊の女神の天鈿女命は、再び地上に光明をとりもどすために、天照大神を窟屋から外に出す計略を思いつく。天鈿女命は窟屋の入り口の前で踊り始めたのだ。あまりにも激しい踊りだったので衣装が目まぐるしく回り、見物していた神々は堪え切れずに大笑いし、どっと歓声を上げた。この浮かれ騒ぎが聞こえた太陽の女神は好奇心を抑えきれず、この祭りに自身も加わろうと隠場所から抜け出して来たのだった。

 

窟屋の中の天照大神と同じく好奇心の強い田之助は、劇場の出口で、私のお尻が回転する奇妙なテクニックを観察しようと大きく目を見開いていた。というのも、この回転走法は、わたしがバス停に向かって最終バスに乗り遅れないようにするための効果的な技術なのだ。

あっという間に年が明けました!本年もエコール・プリモ共々、よろしくお願いいたします。

年末のエコール・プリモ忘年会では、翻訳問答チームも他の講師の方々に交ざり、活動報告を皆さんの前でさせていただきました。東京POPS編は3月までとして、新たな作品の翻訳を目指します。

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