【Tokyo Pops編】

10 octobre 2017

Petits bonheurs

今回の問答は2人目の新入部員、そしてプリモに遊びに来た飛び入りゲストも参戦。仲間も増え、さらに翻訳の森を彷徨いました。

問答の末の日本語訳は、そのとき最良のものではありますが、原語との距離感は詰まったものの、日本語の読みやすさ、自然さからみるといかがなものかと、また更に深い森へと迷い込みます。

文芸翻訳のプロならばどのように訳すのか、新たにゲストを迎え、チャレンジしたいものです。

 

 

 

<原文>Petits bonheurs

 

La beauté du Japon n'est pas attendue1, elle frappe par hasard1.  Elle transperce le corps et le cœur sans que l'on puisse bien expliquer pourquoi et comment. Le mono no aware, furtive2 émotion née de la relation intime et sensuelle3 avec la beauté du monde4, trouve sa source dans le Dit du Prince Genji, réputé être le premier roman japonais, écrit au XIe siècle par une femme de la cour5 de Heian, Dame Murasaki Shikibu.

 

Dans le bouillonnement6 tokyoïte, ressentir7 cette « furtive émotion » provoque d'indicibles petits bonheurs8. Et les Japonais ont la chance9 de savoir porter toute leur attention sur un détail, aussi infime soit-il.

 

Leurs mégalopoles, à l'instar des autres villes10 offrent inévitablement des scènes déplaisantes au regard. Poubelles renversées par les corbeaux, chantiers de construction boueux et bruyants, embouteillages gris et interminables11, visages tristes12 et mornes sur des autoroutes de frustrations13: dans ces paysages abîmés, la technique de zoom up est une nécessité salvatrice. Les Japonais se concentrent sur le « beau » tout en faisant abstraction du14 « désagréable », même si les deux concepts cohabitent souvent dans le même espace.

 

Une fleur de prunier qui s'ouvre aux quatre-cinquième15 (en bordure d'autoroute16), l'imprimé subtil d'un foulard en soie furoshiki (oublié sur un quai de métro), la transparence d'un grain de riz suspendu entre deux baguettes en laque rouge (dans un boui-boui bruyant), la nuque blanche et longue (d'une femme au visage commun17): cet art du gros plan – que l'on peut admirer dans les estampes ou la peinture japonaises – doublé18 de la technique du « cache », permet l'émerveillement naïf19 et le sentiment d'unisson avec la beauté du monde.

 

 

 

<試訳> 小さな幸せ

 

日本の美は予想1できるものではなく、偶然1によるものだ。どうして、どの様になど説明できずに体と心を突き抜けて行く。世界の美4との密接で享楽的3な関係から生まれた密かな2感情であるもののあわれは、源氏物語の中に起源を持つ。源氏物語は、日本初の小説として有名で、11世紀に平安京の紫式部5によって書かれたものだ。

 

東京の激動6の中で、この《密かな感情》を思い出す7ことは言葉に言い表せないくらい小さな幸せ8をもたらしてくれる。そして日本人は、とるにたりない様な細部に注意を払うことの出来る幸運9を持ち合わせている。

 

他の都市10の様に、彼らの巨大都市では(複数形?東京?)必然的に嫌な光景を目にすることもある。カラスにひっくり返されたゴミ箱、汚くてうるさい工事現場、どんよりとして果てしなく続く渋滞11、フラストレーション13からくる悲しく陰気な表情12。この汚された光景の中で、ズームアップのテクニックは救世主として必要な技術である。日本人は、《不愉快なもの》を全て無視して14《美》に集中する。この2つの概念は多くの場合同じ場所に共存しているのだが。

 

高速道路に沿って168分咲き15している梅の花、電車のホームに忘れられた絹製の繊細なスカーフ生地の風呂敷、騒がしい安食堂で赤い漆の箸に付いた米粒の透明さ、平凡な顔17をした女性の白くて長いうなじ。《隠す》技術を加えた18(doubléの訳?)浮世絵などで見られるこのクローズアップの芸術によって、純粋19に感嘆し、世界の美と調和する様な感情を抱くのだ。

 

 

 

 

 

問答スタート!!

部員A

部員C

部員E

部員B

部員D

部員B

部員B

部員C

部員E

部員A

エリック

編集長

部員E

部員B

部員A

部員B

エリック

部員E

編集長

1. attendueは「待たれた」「待ち望まれた」「予想された」「予期された」等の意味がありますけれど、試訳では「予想される」を採用しています。ここは「日本の美は待っていて得られるものではなく」としては?

 

 

う~ん、そこまでいじらなくても良いんじゃないかなあ。「予想できるものではなく」で良いと思いますよ。その後のpar hasardは「偶然」というより「図らずも」の語感を生かして「ふいに」としてみましょうか。

2. furtiveはどう訳しますか?密やか?ささやか?その次の

3. sensuelleは性的な意味合いは含まれていないのでしょうか?

う~ん。私は密やかで良いと思いますよ。それとここではsensuelleに性的なニュアンスはなく、感覚的ということだと思います。

4. du mondeは人々の意味でないのは明らかですが、じゃあ、la beauté du mondeとなるとどうしましょう。世界の美?この世の美しさ?

ふと考えたのですが、「この世の美しさ」というと「この世そのものが美しい」ということになりませんか?そう思えればそれはそれで幸せですが、それでは「ささやかな幸せ」を超えた大きなものになってしまいます。ここでは何というか「この世に点在する美しいもの」という意味合いではないでしょうか。「世の中にある美しいもの」のような言い方でもっと良いものはないかなあと思います。

 

5. une femme de la courはどう訳しますか?官女?

史料では紫式部は一条天皇の中宮・彰子に女房兼家庭教師役として仕えたとなっています。女房というのは個室を持っていたお付の人で、秘書のような役割と考えてよいかと思いますが、女房という言葉自体が現代ではピンとこないと思います。以前「奇抜なファッションと骨董1/2」で女官と訳しているので、それでいきましょう。

6. bouillonnementは激動より喧騒とか雑踏のほうが合っていると思います。

7. ressentirとかretrouverとか、再帰動詞を作るreをどう訳すかのニュアンスが私たちには分らないですね。 前に経験したことがあることを今一度ということなんでしょうか?

8 d'indicibles petits bonheursは、複数なので、ふさわしい和訳はありませんかね。

 

9. avoir la chance de は「~という幸運を持っている」というより「幸いなことに~ということができる」という方がこなれているように思います。

10. autres villesは日本の他の都市?それともパリやニューヨークのような世界にある他の巨大都市?

う~ん、どちらにも解釈できますね。でもmégalopolesと対比させているので 東京、大阪といった巨大都市のみならず、それより小さい国内の他のvilles(都市)も不快な一面があるということかなあ。

 

11. chantiersとconstruction、boueuxとbruyantsで単語の頭を揃える言葉遊びをしていますね。その後のembouteillages、gris、interminablesもアルファベット順に並べているのかも。

 

段々我々も著者の企みに気付くようなったというか、鍛えられてきたというか。俺たち凄いぜ、なんちゃって。

 

 

12. visages tristesは文字通り悲しげな顔で良いのでしょうか?何か隠された裏の意味があるとか?

いや、ここはそのまま悲しげな顔で良いです。

13. autoroutes de frustrations を最初は高速道路を運転していて渋滞に掴まってフラストレーションが溜まった状態かと思ったのですが、それにしてはde frustrationsの位置に違和感があります。

 

言われてみれば、そうですね。frustrationsには欲求不満という意味と並行して、思い通りにならないという意味があるので、ここは「思い通りに進まない高速道路」でしょうか。

 

 

いや、もしかするとautoroutesは象徴的な表現で、例えば駅から職場に向かう人の流れをそのように表現しているのかもしれません。無言で無機質な表情をした人をfrustrationsと呼んでいるのでは。

: dans ces paysages abîmés, la technique de zoom up est une nécessité salvatrice

文頭に:がついていますから、締めたいところですね。中原中也風に「汚れちまった景色から救われたいと願うならズームアップが必要さ」とか・・・

 

面白いけど、遊びすぎです。

14. faire abstraction duは「抽象化する」ではなく、「~を無視する」で良いですね。

 

 

なんで八分咲き?

15. quatre-cinquièmeは5分の4、つまり8割だからでしょう。

 

16. autoroutesも本当の高速道路ではなく、象徴的なものかもしれませんけど、そこまで裏を読んで翻訳するのはやり過ぎでしょうね。

 

17. une femme au visage communは、十人並み、はどうでしょう。

 

人並みの顔、平凡な顔、月並みな顔?

器量はどうでしょう。

その言葉、とてもいいような気がしますが、器量の良し悪しは、顔だけではありませんね。

18. doubléは倍加された?加えられた?

 

 

倍加というよりは加えられたでしょう。

服に裏地をつけることもdoublerというので裏打ちされたとか。

 

 

19. naifは単純?幼稚?

 

素直に解釈しましょう。

皆さんそろそろ、お茶はいかがですか、、?

部員B

部員D

部員A

部員C

部員E

部員A

エリック

部員D

エリック

部員B

ゲスト

部員D

部員A

新入部員

ゲスト

部員C

部員D

エリック

などなど、、、問答を経て。

↓↓↓

<部員による検討結果>

ささやかな幸せ

日本における美は不意にやってくる。うまく説明はできないが、体と心を突き抜けて行くのだ。「もののあはれ」という言葉がある。この世の美しさへの感覚的でひそかな感動である。そのことばの起源は、11世紀平安時代の女官、紫式部の日本で初めて書かれた小説として知られる源氏物語にまで遡ることができる。

 

東京の喧騒の中で、この《ひそかな感動》に出会うと、言うにいわれぬ一寸した幸せな気持になる。しかも、日本人は、たとえどんなさりげないことであっても「感ずく」ことにたけている。

この巨大都市では、他の町と変わらず、どうしても嫌な光景を目にすることになる。カラスにひっくり返されたゴミ箱、騒音を撒き散らす泥まみれの工事現場、果てしなく続く鬱陶しい渋滞、無言で無機質な表情をした人の流れ。こうした醜い景色から救われたいのなら、ズームアップが必要だ。《不快なもの》と《美しいもの》というふたつの概念はしばしば同じ空間に共存しているが、日本人は《不快なもの》を無視して《美しいもの》に関心を注ぐ。

 

(高速道路沿いに)八分咲きになった一輪の梅、(駅のホームに置き忘れた)絹の風呂敷の繊細な模様、(騒がしい居酒屋の)朱塗りの箸についた透明なご飯粒、(顔だちは平凡でも)すらりとした白いうなじ。浮世絵や日本画の中で私たちをうっとりとさせてくれるような、こうしたクローズアップの技は、《隠す》技に裏打ちされつつ、素直な感動とこの世の美しさとの一体感をもたらしてくれている。

 

 

 

 

秋学期の準備や、上野で開催中のフランス人間国宝展(プリモは主に通訳を担当)など、慌ただしい日々が続くプリモですが、この翻訳問答も何かイベントができたら良いなと模索中。部員も、興味のある方は大歓迎です!お問い合わせはエコール・プリモまでお気軽にご連絡ください。

もう一度、原文・試訳を読む

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    <原文>Petits bonheurs

     

    La beauté du Japon n'est pas attendue1, elle frappe par hasard1.  Elle transperce le corps et le cœur sans que l'on puisse bien expliquer pourquoi et comment. Le mono no aware, furtive2 émotion née de la relation intime et sensuelle3 avec la beauté du monde4, trouve sa source dans le Dit du Prince Genji, réputé être le premier roman japonais, écrit au XIe siècle par une femme de la cour5 de Heian, Dame Murasaki Shikibu.

     

    Dans le bouillonnement6 tokyoïte, ressentir7 cette « furtive émotion » provoque d'indicibles petits bonheurs8. Et les Japonais ont la chance9 de savoir porter toute leur attention sur un détail, aussi infime soit-il.

     

    Leurs mégalopoles, à l'instar des autres villes10 offrent inévitablement des scènes déplaisantes au regard. Poubelles renversées par les corbeaux, chantiers de construction boueux et bruyants,

     

     

    <試訳>小さな幸せ

     

    日本の美は予想1できるものではなく、偶然1によるものだ。どうして、どの様になど説明できずに体と心を突き抜けて行く。世界の美4との密接で享楽的3な関係から生まれた密かな2感情であるもののあわれは、源氏物語の中に起源を持つ。源氏物語は、日本初の小説として有名で、11世紀に平安京の紫式部5によって書かれたものだ。

     

    東京の激動6の中で、この《密かな感情》を思い出す7ことは言葉に言い表せないくらい小さな幸せ8をもたらしてくれる。そして日本人は、とるにたりない様な細部に注意を払うことの出来る幸運9を持ち合わせている。

     

     

     

     

     

     

    embouteillages gris et interminables11, visages tristes12 et mornes sur des autoroutes de frustrations13: dans ces paysages abîmés, la technique de zoom up est une nécessité salvatrice. Les Japonais se concentrent sur le « beau » tout en faisant abstraction du14 « désagréable », même si les deux concepts cohabitent souvent dans le même espace.

     

    Une fleur de prunier qui s'ouvre aux quatre-cinquième15 (en bordure d'autoroute16), l'imprimé subtil d'un foulard en soie furoshiki (oublié sur un quai de métro), la transparence d'un grain de riz suspendu entre deux baguettes en laque rouge (dans un boui-boui bruyant), la nuque blanche et longue (d'une femme au visage commun17): cet art du gros plan – que l'on peut admirer dans les estampes ou la peinture japonaises – doublé18 de la technique du « cache », permet l'émerveillement naïf19 et le sentiment d'unisson avec la beauté du monde.

     

     

     

    他の都市10の様に、彼らの巨大都市では(複数形?東京?)必然的に嫌な光景を目にすることもある。カラスにひっくり返されたゴミ箱、汚くてうるさい工事現場、どんよりとして果てしなく続く渋滞11、フラストレーション13からくる悲しく陰気な表情12。この汚された光景の中で、ズームアップのテクニックは救世主として必要な技術である。日本人は、《不愉快なもの》を全て無視して14《美》に集中する。この2つの概念は多くの場合同じ場所に共存しているのだが。

     

    高速道路に沿って168分咲き15している梅の花、電車のホームに忘れられた絹製の繊細なスカーフ生地の風呂敷、騒がしい安食堂で赤い漆の箸に付いた米粒の透明さ、平凡な顔17をした女性の白くて長いうなじ。《隠す》技術を加えた18(doubléの訳?)浮世絵などで見られるこのクローズアップの芸術によって、純粋19に感嘆し、世界の美と調和する様な感情を抱くのだ。

     

     

     

     

     

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